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先日、奈良の姉の四十九日法要にお参りしました。 翌日の朝7時頃から周辺を散歩することにしました。この橿原ニュータウン内でもこの辺りは比較的早い内から家が建ち始めたところです。 しかし、こうして1人でこの時間散歩するのは、はじめてでした。 昨日の法要は日曜日、今日は敬老の日で祭日です。今日中に出雲へ帰ればいいと思い、義父の家へ一泊したのです。 すぐ隣接して中学校があります。野球部員が早くから集まり、グランドの草むしりを始めました。 この小高い丘を越えると反対側は明日香村です。姉の住んでいたこの家には、私が大阪で勤めていた頃何度となく来たものでした。 しかし、その頃は高度成長時代で休みも2~3ヶ月1回位で、今日とはずいぶん違ったものでした。 散歩を終えると家に帰り、朝ごはんを食べました。作ってくれたのは、姪です。やはり昨日はここへ泊り、今日宝塚の方へ帰るそうです。姪夫婦は、子供2人を連れて来ていました。1人は、生まれて半年も経っていません。 そうこうする内に牽牛子塚の事を思い出し、兄に尋ねると中学校横の通りから丘の畑地の細道を登ったところにあるとの事でした。あの“斉明天皇の本当の墓”ではないかという考古学者の間でも話題となっている古墳です。一緒に歩いて行きましたが、10分~12分位でしょうかこんなに近くにあるとは思いもよりませんでした。 しかし、現在は周囲にバリケードが張りめぐらせてありました。 この丘を越えると向こうは明日香村、小高い丘状の山がいくつも点在する丘陵地です。 この後、車で明日香村を一巡しましたが、リュックを背負った人、貸自転車で散策する人、そんな人を方々で見かけました。今回は行けなかったのですが、彼岸花が咲き乱れるところがあるそうです。今年は天候の関係で少し遅れているようですが、いつか来て見たい思いにさせる明日香の風景でした。 |
記事一覧 | 2010年09月
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