16日は、母の四十九日法要でした。
15日からの大雪で朝から吹雪の中、三刀屋へ向かいました。
斐伊川岸辺にいる白鳥の姿も見えない中、ハラハラドキドキで無事到着。
「四十九日の忌明法要までは、家の廻りにおられて今日から仏様になって来世の國極楽浄土へ行かれるので、皆さん大きな声でお経を唱えて送ってあげて下さい」と経本が配られました。
昔は四十九日迄、家廻りにおられて、夜は自分の来ていた着物のふところで眠られるので、軒先に着物等を吊したりしたとの言い伝えもありますとのお話があり、私は知らなかったとはいえ、母の魂(霊)はどこでこの寒い48日の寒い夜を過ごしていたのだろうかと悔やまれ、目には見えない母に謝りました。
お経が済んだ頃には雪も止み、二人のお寺様も私達も長靴姿でお墓参りが出来、とても嬉しかったです。
住職様より「おばあさんはとても信心家で、お経も全部覚えておられ、お寺の行事には必ず顔を見せておられたのできっといいお浄土へ行かれますよ」とお話を頂いたことが、私達子供にとって何よりの言葉でした。
苦労ばかりかけていたけど、これからもどうか私達を守って下さいと手を合せました。
15日からの大雪で朝から吹雪の中、三刀屋へ向かいました。
斐伊川岸辺にいる白鳥の姿も見えない中、ハラハラドキドキで無事到着。
「四十九日の忌明法要までは、家の廻りにおられて今日から仏様になって来世の國極楽浄土へ行かれるので、皆さん大きな声でお経を唱えて送ってあげて下さい」と経本が配られました。
昔は四十九日迄、家廻りにおられて、夜は自分の来ていた着物のふところで眠られるので、軒先に着物等を吊したりしたとの言い伝えもありますとのお話があり、私は知らなかったとはいえ、母の魂(霊)はどこでこの寒い48日の寒い夜を過ごしていたのだろうかと悔やまれ、目には見えない母に謝りました。
お経が済んだ頃には雪も止み、二人のお寺様も私達も長靴姿でお墓参りが出来、とても嬉しかったです。
住職様より「おばあさんはとても信心家で、お経も全部覚えておられ、お寺の行事には必ず顔を見せておられたのできっといいお浄土へ行かれますよ」とお話を頂いたことが、私達子供にとって何よりの言葉でした。
苦労ばかりかけていたけど、これからもどうか私達を守って下さいと手を合せました。
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