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今年四月中頃、神西コミセンより家に電話があり、愛媛県西予市のМさんより明治十年に四国遍路の途中、明治十年八月四日の日付で亡くなって、旧往還の途中の山に墓碑があり、それには「出雲国神西村 今若源蔵墓」と書いてあり、「年令七十三歳」「今若甚太郎大伯父」と書いてあって、私の家の関係した人ではとのことでしたので、一応連絡しますとのことでした。 私の家の位牌には、確かに源蔵も甚太郎のものもありますので、直ぐに電話をしました。 電話をしてくれた人は大変親切な人で、早速メールで写真を送ってもらいました。 亡くなった場所は、43番札所「明石寺」より44番札所「大宝寺」へ行く途中で、日本三大薬師の「山田薬師」へ行ってから亡くなった様だとのことで、お礼を言って電話を切りました。 先日、私夫婦と長男とで墓参りに行って来ました。 昔、海を渡るだけでも大変なのに、良く73歳という年齢でここまでと思うと胸がつまりました。 私との関係は、私より五代前の良七という人の兄だと思います。 甚太郎は三代前です。 三人で瞑福をお祈りして帰りました。 |
記事一覧 | 2013年06月
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